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ビートに夢中 [車]
いまさら古い車の何を…と思われるかもしれないが、病に侵されてしまった。
ビート中毒に。
前回のシティ完全復活が未だ納車されていない。というのも私がいろいろと注文を増やして後から面倒な作業を頼んでいるからで、それというのも今、代車で乗っているビートが気に入ってしまったからだ。
なるべく、あちこちと走ってみたい・楽しみたいという気持ちから、一日でも長くそばに置いて使ってみたい衝動に駆られたのが理由。

平成の初めに新車で発売されたビートの試乗会に行っている私だが、その時の印象はえらく狭い!
なぜかと言えば私の前に乗った人がシートの位置を前側にしていた。それに乗車しようとしたら足が入らない。
それが間違いの元。「これは私には乗れない車」の烙印を押してしまった。
もし、その時に本格的に試乗していれば多分シティを売ってこれに買い替えていたに違いないというのが今の心境。兎に角、楽しい。シフトの「カチッ」とした、しかもストロークの短い小気味よさ。エンジンの吹け上がりの気持ちよさ。これが現在、20年経ったビートに乗っての感想なのだ。新車だったらもっと…と思うと残念の一言。
私は一時、三台の自家用車を所有していた。別に金持ちでもなく、自慢でもない。逆に車貧乏である。ただ気に入った車を買い替えで失くすのが勿体無いという性格からだ。なのでビートのように買い物や助手席に誰かを乗せて走る車ではない一台で不便ではあるが三台のウチの一台にはなり得たはずだ。
人によってはスリッパのような形と揶揄する御仁もいるが、オープンにして走った時のそう快感、それを実現するのにシティのような面倒な、手動ではあるが手順を踏まなくても簡単にその状態にできる手軽さも魅力である。
私は一時、フロンテクーペGXCFを所有していたがこれを手放すときにも断腸の思いをしたことを覚えている。小さなくるま、少ないトルクや馬力で大きな車を追いかけまわす、その車の性能を目一杯使ってドライブするのが好きなのだ。大型車で大トルクで優雅に移動するのは性に合わない。身長180cm・体重85kgもあるガタイの大きい男だが…他から見ると滑稽にも見えそうであるがそれでも自分が良ければ気持ちが良いのが趣味性の高い車である。
この車、いま乗っている殆どのオーナーが中年のオジサンタイプである。
それもこれはセカンドカーというか玩具として乗り回しているだけで他に高級外車などのオーナーが多い。それもそうだろう、妻帯者ならば奥様に絶対反対される。
買い物に行っても膝の上がトランク代わり、運転席は快適ではあるが助手席は女性でも狭い。おまけにサスペンションは硬い。オープンにすれば髪の毛はバラバラになるとすれば嫌われるのは必然。
現にこの車は当時そんなに大ヒットしなかったといわれている。
理由は上に書いたとおりである。万人に受けなければ「売れる車」にはならないのだろう。
私は車おたくではないと思う。ましてや走り屋、メカに詳しい評論家のようなデリケートな感覚も持ち合わせていない。それでもこの魅力的なバックアングルを見たら、この走りを体感したらまたウチの庭に一台増やしたい気持ちになるのはやはり病にかかっているのだろうか。
そろそろ部品も底をつくような年代物のなんと悩ましいことか。
●こちらもどうぞ--------------------------------------
少し以前の失敗談 tom room:「悲しき軽運送屋の顛末記」
幼い時の私的思い出 tom room:「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和
ビート中毒に。
前回のシティ完全復活が未だ納車されていない。というのも私がいろいろと注文を増やして後から面倒な作業を頼んでいるからで、それというのも今、代車で乗っているビートが気に入ってしまったからだ。
なるべく、あちこちと走ってみたい・楽しみたいという気持ちから、一日でも長くそばに置いて使ってみたい衝動に駆られたのが理由。

平成の初めに新車で発売されたビートの試乗会に行っている私だが、その時の印象はえらく狭い!
なぜかと言えば私の前に乗った人がシートの位置を前側にしていた。それに乗車しようとしたら足が入らない。
それが間違いの元。「これは私には乗れない車」の烙印を押してしまった。
もし、その時に本格的に試乗していれば多分シティを売ってこれに買い替えていたに違いないというのが今の心境。兎に角、楽しい。シフトの「カチッ」とした、しかもストロークの短い小気味よさ。エンジンの吹け上がりの気持ちよさ。これが現在、20年経ったビートに乗っての感想なのだ。新車だったらもっと…と思うと残念の一言。
私は一時、三台の自家用車を所有していた。別に金持ちでもなく、自慢でもない。逆に車貧乏である。ただ気に入った車を買い替えで失くすのが勿体無いという性格からだ。なのでビートのように買い物や助手席に誰かを乗せて走る車ではない一台で不便ではあるが三台のウチの一台にはなり得たはずだ。
人によってはスリッパのような形と揶揄する御仁もいるが、オープンにして走った時のそう快感、それを実現するのにシティのような面倒な、手動ではあるが手順を踏まなくても簡単にその状態にできる手軽さも魅力である。
私は一時、フロンテクーペGXCFを所有していたがこれを手放すときにも断腸の思いをしたことを覚えている。小さなくるま、少ないトルクや馬力で大きな車を追いかけまわす、その車の性能を目一杯使ってドライブするのが好きなのだ。大型車で大トルクで優雅に移動するのは性に合わない。身長180cm・体重85kgもあるガタイの大きい男だが…他から見ると滑稽にも見えそうであるがそれでも自分が良ければ気持ちが良いのが趣味性の高い車である。
この車、いま乗っている殆どのオーナーが中年のオジサンタイプである。
それもこれはセカンドカーというか玩具として乗り回しているだけで他に高級外車などのオーナーが多い。それもそうだろう、妻帯者ならば奥様に絶対反対される。
買い物に行っても膝の上がトランク代わり、運転席は快適ではあるが助手席は女性でも狭い。おまけにサスペンションは硬い。オープンにすれば髪の毛はバラバラになるとすれば嫌われるのは必然。
現にこの車は当時そんなに大ヒットしなかったといわれている。
理由は上に書いたとおりである。万人に受けなければ「売れる車」にはならないのだろう。
私は車おたくではないと思う。ましてや走り屋、メカに詳しい評論家のようなデリケートな感覚も持ち合わせていない。それでもこの魅力的なバックアングルを見たら、この走りを体感したらまたウチの庭に一台増やしたい気持ちになるのはやはり病にかかっているのだろうか。
そろそろ部品も底をつくような年代物のなんと悩ましいことか。
●こちらもどうぞ--------------------------------------
少し以前の失敗談 tom room:「悲しき軽運送屋の顛末記」
幼い時の私的思い出 tom room:「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和
タグ:車、ビート
愛車、シティカブリオレ完全復活 [雑記]
以前書いた「シティカブリオレを復活」の続編。
ついに車検に通った。

新車で購入したディーラに断られ、市内の修理工場にも3件渋い顔をされて見放されたカブリオレを整備してくれたメカニックには頭が下がる。
部品なし…部品取り車をみつけてくれたり、触ったことのないCVCCという当時の排ガス規制をクリアするために考え出した複雑なエンジン。
特にキャブが普通のとは違う、ワンキャブなのにフロート二つ。各々セッティングが違うという。
サービスマニュアルを見ながら深夜まで悪戦苦闘してくれたと思う。
彼、曰く「困難に立ち向かう方が充実感がある」。プロというのはそんなもんかなぁ。
それにしては他の整備士は腰が引け目で逃げられたけど…
こういういわゆる「職人肌」が日本を支えているのは今回の震災で東北の下請け部品会社が被災したら大手メーカーのラインが止まったという事からも日本人の丁寧さ・真面目さがわかる。
つまりは外国にはできない繊細さである。
後はテスト走行にドライブ。不具合が出なければ私の手に戻ってくることだろう。
こうなると値段なんて二の次だ。と言いたいけど、そんなに裕福ではない。
何しろこんなに年代の経った車に乗るのも次の新車が買えないからである。2,400kmしか走行していないのが最大の理由だが、程度の良い軽自動車を買っても百万はする。
面倒な整備をしてもらって、意外と予算も妥当。他の工場で「こんな旧車に乗るのなら金の糸目をつけてはだめだ」と言われてビビッていたのだが、この整備工場の良心的な姿勢が分かる。
それではこの会社の名前を大々的に公表しよう…と思ったら仕事が忙しいので宣伝はしないでくれという。
やはりそれなりの仕事をするところには、人が集まるようだ。これ以上依頼が増えるのはかえって仕事に支障をきたすらしい。もっと詳しく書きたいところだが、宣伝ではないのでこのへんで。
●こちらもどうぞ--------------------------------------
少し以前の失敗談 tom room:「悲しき軽運送屋の顛末記」
幼い時の私的思い出 tom room:「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和
ついに車検に通った。

新車で購入したディーラに断られ、市内の修理工場にも3件渋い顔をされて見放されたカブリオレを整備してくれたメカニックには頭が下がる。
部品なし…部品取り車をみつけてくれたり、触ったことのないCVCCという当時の排ガス規制をクリアするために考え出した複雑なエンジン。
特にキャブが普通のとは違う、ワンキャブなのにフロート二つ。各々セッティングが違うという。
サービスマニュアルを見ながら深夜まで悪戦苦闘してくれたと思う。
彼、曰く「困難に立ち向かう方が充実感がある」。プロというのはそんなもんかなぁ。
それにしては他の整備士は腰が引け目で逃げられたけど…
こういういわゆる「職人肌」が日本を支えているのは今回の震災で東北の下請け部品会社が被災したら大手メーカーのラインが止まったという事からも日本人の丁寧さ・真面目さがわかる。
つまりは外国にはできない繊細さである。
後はテスト走行にドライブ。不具合が出なければ私の手に戻ってくることだろう。
こうなると値段なんて二の次だ。と言いたいけど、そんなに裕福ではない。
何しろこんなに年代の経った車に乗るのも次の新車が買えないからである。2,400kmしか走行していないのが最大の理由だが、程度の良い軽自動車を買っても百万はする。
面倒な整備をしてもらって、意外と予算も妥当。他の工場で「こんな旧車に乗るのなら金の糸目をつけてはだめだ」と言われてビビッていたのだが、この整備工場の良心的な姿勢が分かる。
それではこの会社の名前を大々的に公表しよう…と思ったら仕事が忙しいので宣伝はしないでくれという。
やはりそれなりの仕事をするところには、人が集まるようだ。これ以上依頼が増えるのはかえって仕事に支障をきたすらしい。もっと詳しく書きたいところだが、宣伝ではないのでこのへんで。
●こちらもどうぞ--------------------------------------
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幼い時の私的思い出 tom room:「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和
東日本大震災に思う

今回の地震に被災された皆様にはお見舞い申し上げます。
また、亡くなられた方にはご冥福をお祈りいたします。
そのご家族・知り合いなど遠方でご心配されている方、心中お察し申し上げます。
テレビを見ていて、はたと考えた。
被災地では水や食料が不足し、寒さに耐えながら頑張っている様子に心が痛む。
政府や救助にたずさわっている方々には頭が下がる、自分は何をやっているんだろう、できれば飛んで行って何か手伝いたい…しかし還暦を迎える自分が現地に行って倒れたら、かえって足手まといになるなんて心の中で言い訳をしている次第。
そこで、またテレビの件だがCMがほとんど流れない。
自粛しているのか、テレビ局の配慮なのか、それはそれで解る。こんな時に金儲けなんてという批判もあるだろう。
しかし、水が足りないのなら送ってあげられないのかな? ○○飲料さん、○○トリーさん。
食料が足りないのなら××ヌードルとか、カップメンでもいいじゃないか、××食品さん。
そんなことしたら売名行為になる…なっても良いと思う、困っている人に送りましたって大声で言ったって。
そこまでの陸路が断たれているのなら、ヘリをチャーターしてパラシュートで落としても。
何なら大きく垂れ幕にメーカーの名前入れても誰も文句は言わないと思うが。
誰かが恨むのだろうか。
ミルクを必要としている幼子に心をくだく大会社△△乳業の管理職の方、何とか援助することを考えてくれないだろうか。
寒さに震えいてる人にカイロを送って何が悪い。外国では救援隊だけでなく自国で寄付金を集めてくれているという。日本人は黙って善意をしようとする傾向にあるが、美徳ではあるかもしれないが、それでは国民には分からないばかりか、もどかしい気持ちでいっぱいである。
もし、政府を通じてカゲから支えているのなら、その事実を報道するべきだと思う。
テレビなどで「救援金および救援物資提供企業」みたいに。一社が腰を上げればそれこそが喚起につながり、それに続く企業も増えるだろう。
コマーシャルができないのなら絶好のチャンスである。こんなコメントをすると不謹慎という人もいるだろうが、兎に角困っている人にそんなことは関係ない。
私なら、助けてほしい時に手を差し伸べてくれる人には感謝以外の何物でもないと思う。
その善意は将来絶対に実績として帰ってくるだろう。
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